ファーレ立川のアート作品復活へ。クラウドファンディングPJが成立!

ファーレ立川アート再生のプロジェクトが成立!

ファーレ立川中心部

2014年に20周年を迎えた、ファーレ立川にある屋外アート「ファーレ立川アート
このファーレ立川アートを再生させるため「ファーレ立川アート修復再生事業」という活動が街ぐるみで行われていましたが、先日、その事業の資金を集めるクラウドファンディングのプロジェクトが成立しました。(※)

 ※クラウドファンディング – READYFOR(レディーフォー)「みんなで文化のまちづくり。立川のアートに輝きを取り戻したい!」

ファーレ立川の近くを通る方はご存じかと思いますが、各アート作品は劣化が見られるものが多いです。
私の地元仙台市にある宮城県美術館の彫刻庭園・アリスの庭も同じでしたが、屋外の美術品は設置から時間が立つと、どうしても雨風による劣化や腐食が避けられません。


そのため、美術品に限らず、屋外の設備類は定期的なメンテナンスが必要となるのですが、その資金の一部をクラウドファンディングで集めるのは、時代に沿った効果的な試みに思えました。

なお、管理人も微力ながら一口分だけ力添えをさせていただき、ポストカードを貰いました。ポストカードは本記事の最後に掲載しています。

さて、そんなファーレ立川ですが、次にこのファーレ立川を含めた周辺地域の歴史などやアートの特徴について見ていきます。

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ファーレ立川周辺地域の歴史

ファーレ立川とその周辺地域は、大正から昭和の時代にかけて飛行場として栄えたものの、第2次世界大戦後には米軍基地となりました。
その後、基地は1977年に全面返還され、1982年に立川市が立川市基盤基本整備計画を、1983年には東京都が多摩都心立川計画を策定しました。

これにより、跡地は現在の国営昭和記念公園や広域防災基地等に整備されましたが、ファーレ立川に関しては都市再生機構が立川市と東京都からの要請で「新しい文化」の街を造ることで計画が始まり、1994年10月13日にオープンしました。

ファーレ立川のアート計画とは

ファーレ立川の歴史と特徴

ファーレ立川のアート計画では、街を森に見立て、そこに息づく小さな生命(妖精)をアートととらえ、「世界を映す街」、「機能を物語に」、「驚きと発見の街」と言う3つのコンセプトが生まれ、参加したアーティストの多くが3つのコンセプトでこの街の為に作品プランを寄せて、作品が設置されました。

コンセプト①は「世界を映す街」
人と人が呼応する仕掛けで、同じ時代に生きる色んな人達のそれぞれの考えが、森に棲む沢山の命の鼓動のように、36ヶ国92人の、北川フラムのディレクションによる総数109点のパブリック・アートが点在しています。

コンセプト②は「機能を物語に!」
広域防災基地にある飛行場の隣接の為、近隣の建物には高さ制限があり、アートの為の特別なスペースはなく、そこにあるのは歩道、壁、車止め、換気塔、点検口、散水栓、街路灯、ツリーサークル、広告板などと言った機能やデッドスペースだけでしたが、そこは生き物達が巣作りをしたり、隠れたりする為の絶好の場所となりました。

コンセプト③は「驚きと発見の街」
この森の妖精たちは、人々の5感に囁きかけています。

なお、ファーレの語源はイタリア語で、FARE(創造するや生み出す)と言う言葉に、立川の頭文字であるTを付けてFARETになりました。

ファーレ立川周辺の施設

さて、今回紹介したファーレ立川ですが、周辺はビジネス街でありつつも立川市図書館やシネマシティなどが立地し、昭和記念公園やIKEAも徒歩圏内であることからも、休日でも訪れる機会がある場所です。


以前書いたウドラで記事に紹介した、ウドラの鉢(?)と思われるアートもこのエリアにあり、今回のアートの再生計画のクラウドファンディングが成立したことで、引き続き立川の特徴的なエリアとして発展していって貰えればと思います。


追記

2015年12月末に、クラウドファンディング成立のポストカードが届きました。
集まった資金は巨大ネオンアート「Tessera-4」の修復に使われるそうです。

クラウドファウンディング成立記念

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