東日本大震災体験談その1 仙台のビルで体験した大地震 3.11昼

東日本大震災の体験談

東日本大震災の発生から、約4年の月日が流れました。

本ブログでは、これまで国連防災会議の記事津波避難タワーの記事など、震災復興や防災関連の記事をいくつか書いてきましたが、今回からは数回に渡って管理人自身の、東日本大震災の体験談を書いていきます。

この体験談の前提ですが、私は当時住んでいた仙台市若林区の家(実家)が、地震や津波で倒壊したまたは住めなくなったなどの深刻な被害を受けたわけではありません。
このため、避難所での生活等もしていませんし、仕事に関しても、震災後も震災前と引き続き同じ会社に勤めています。

そのためこの体験談は「幸運にも自宅への被害はそれほど多くなく」「自宅に住んだ状態で、比較的日常的な生活を取り戻すまでの日々」を書いた、おそらく多くの仙台市民の方の体験談の一つだと捉えていただければと思います。

今後、これを読んだ方が別の災害に遭遇した際、何かのお役に立てれば幸いです。

スポンサーリンク

2011年3月11日 14時46分

震災のあった日は普段と変わらない日だった

私が勤務している会社のビルは仙台市中心部にあり、3.11のその日も、私はいつもと変わらず自席のPCに向かってキーボードを叩いていました。

しかし突然、これは大きな揺れが起きる数秒前でしたが、フロアにいたメンバの携帯電話から、一斉に緊急地震速報が鳴り響きました。

「これ、ヤバイんじゃないんですかね?」

私が隣の席に座っていた歳が近い先輩にそう言った直後、体験したことの無いくらい強烈な、それでいてとても長かった3回の揺れが来ました。

この揺れについて、どう揺れたのはかは正直もうよく覚えてないのですが、縦と横に長い間揺れていた感覚だけは覚えています。

最初は椅子に座った状態で机を押さえていたのですが、「ブチッ」と音がしてディスプレイが真っ暗になってからは、「机の下に隠れるように」という上司の指示もあり、スライドしてくるデスクの引き出しに頭をぶつけつつも机の下に隠れ、なんとか揺れをやり過ごしました。

大きな揺れがおさまった後で周囲を見渡すと、飲み物はこぼれているわ書類は散らかっているわでだいぶ酷い有様。

PCに関しては耐震補強はしてあったので床に散らばったりはしてませんでしたが、停電が起きたせいでPCは動かず、入り口のセキュリティドアは緊急時の状態なのか開きっぱなしになりました。

とりあえずは上司の指示の下、全ての荷物、そしておそらく必要になると思った引き出しの中のチョコレートをカバンに入れ、コート類を羽織って非常階段で外へ出ました。

ビルから出る

外ではビルのスタッフの方を含めた色んな会社の人が固まっており、みんな一様に不安そうな表情で話したり、スマホでネットを見たり電話をかけようとしていました。(私のスマホは繋がらず)

この中で、自分の会社ではグループごとに点呼を取り、そのあとは一部のスタッフを残してこの日は解散ということになりました。

なお、この時同僚の1人がなんとか繋がったスマホで「大津波警報が出ている」と言っていたことを今でもよく覚えています。

自転車で職場から自宅へ

会社から家まで

帰宅の許可を得た私は、自転車置き場に停めていた自転車を転がしつつ、同僚と若林区の自宅方面に向かって歩き出しました。(さすがに人が多いので自転車には乗れず)

当時の私の自宅から会社までの距離は自転車で約15分。同僚の中には地下鉄が止まっている泉中央まで歩く人や、沿岸部である多賀城や名取方面まで歩く人も多く居たので、非常に恵まれた環境にいました。

帰る途中に目にした仙台市街地の様子としては、周囲のビルに目立った被害も無く、火災も発生しているようには見えませんでした。ただ、ガラスが道に散乱している古いビルもあり、それらのビルは後に解体されたものもあると聞いています。

ただ、1つとても衝撃的だったのは、途中通り掛かった高さ30階のSS30ビルの避雷針が、ぼっきりと折れてぶら下がっていた、ということでした。

自転車で自宅へ

その後、同僚と別れ、五橋からむにゃむにゃ通り商店街に入ったあたりから人通りもまばらになってきたので、自転車に乗り車道を走行し始めました。

※なお、仙台駅方面に向かった長町方面に住む同僚は、運よくバスに乗れたとのことでした

途中の大通りの歩道橋は車道が通れなかったため、怖がりながらも自転車を担いで登り、むにゃむにゃ通りの坂を自宅に向かって急ぎます。

この辺りから民家が増えてきますが、火災は無く、建物の倒壊は見た感じありませんでしたが、途中の薬局などの店はガラスが割れたりして廃墟のようになっているところをちらほらと見かけました。

なお、個人的に印象的だったのは、途中で通り過ぎた団地やアパート前にたくさんの人(女性が多かった気がします)が戸惑った顔をして佇んでいたことです。

普段居ないところに人がいることが多かったため、「人ってこんなに多かったんだな」と思ったのが私の正直な感想でした。

そしてこの時、石巻方面にいる友人から電話がかかってきていたのですが、自転車に乗っていたために気付かず、後々少し後悔することとなりました。(なお、その友人は結果的には津波の被害には合わず無事でしたが確認が取れるまで悶々とすることになりました)

さて、体験談が少し長くなったので、1日目の後半は以下に続きます。


スポンサーリンク