日本一低い山・仙台の日和山へのアクセスとその歴史について

仙台・日和山へのアクセス

今回取り上げるのは仙台市沿岸部にある日和山です。

日和山は、仙台湾に面した山で、2015年時点で「日本一低い山」として知られています。

仙台港を含めたこの一体は東日本大震災では津波が直撃した地域でしたが、その津波によって大地が削られたことにより、日本一低い山に再認定された経緯があります。(後述)

この日和山には登山道や階段も設置されており、仙台湾に面していることから眺めが良く、初日の出の名所としても有名な場所です。

なお、この近くには潮干狩りなどができる蒲生干潟があり、名取の日和山や閖上漁港、多賀城の末の松山などと共に東北お遍路プロジェクトの巡礼地に指定されています。



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日和山へのアクセスは、主にバスや車を使うことになります。

バスで行く場合は、仙台駅西口の35番バスプールから蒲生行きのバスに乗り「蒲生中区」バス停が最寄となります。

車で行く場合は、仙台東部道路の仙台港ICから3.8kmと、仙台港ICからは5~10分程度の距離となります。
※登山道の前に専用の駐車場があり

なお、この仙台港ICは仙台うみの杜水族館の最寄ICとなるので、合わせて訪れることをおすすめします。

日和山の歴史

仙台 日和山の歴史

仙台の日和山の歴史は、江戸時代までさかのぼります。

かつてこの地は、江戸時代から明治時代まで、物品の流通の拠点として活気がある場所でした。

しかし、鉄道が普及してからというものの、流通の拠点としての機能は鉄道に移ってしまい、この地の人々は農業と漁業を中心に生活を送ることとなりました。

そこで、明治時代にこの地に住んでいる漁師が、漁をする際に天候を観測するためにこの日和山をつくったと言われています。

この山の名前の由来もここから来ており、天候を観測することを「日和る」と言うため、「日和山」という名前がつけられたと言われています。

高度経済成長期には仙台港が建設され、この山が漁業に利用されることはほとんどなくなり、それに加えて仙台の市街地に住人が移ってしまい、かつての活気を失ってしまいました。

しかしその一方では、この山は都会の喧噪を逃れた憩いの地として住民に利用されるようにもなり、震災前は釣りやサーフィン、乗馬などが行われ、多くの観光客が訪れていました。

日本一低い山

記事の冒頭で少し触れましたが、日和山は1993年に日本一低い山に認定されましたが、1996年に大阪の天保山にその地位を譲っています。

しかし、東日本大震災による津波の直撃により大地が削り取られたことや地盤沈下に見舞われたことにより、蒲生干潟や日和山を管理していた川口神社も共に流失してしまったかと思われていましたが、復興が進み、2014年の4月に再び山として認定される運びとなりました。

この段階で国土地理院による調査が行われ、標高が3mと認定され、18年ぶりに大阪の天保山よりも標高が低い「日本一低い山」になった、という経緯があります。

大阪の天保山は大々的に観光地としてアピールをしていますが、日和山はこれまでのいきさつ上、観光地として売り出していくのは少し難しいと思われます。

しかしここが地元住民も愛する存在であり、日本一のスポットであることは紛れも無い事実。管理人もまだ足を運んだ機会がありませんが、仙台に戻った際は訪れる予定です。

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