地下鉄東西線・薬師堂駅の周辺は今後どう変わる?薬師堂の行事と一緒に考える

若林区西部の仙台市営バスの接続駅となる薬師堂駅

2015年5月の薬師堂駅:

薬師堂駅建設中

仙台市地下鉄東西線・薬師堂駅は、周辺の仙台市営バスの接続駅に設定されており、若林区西部の中心として定義されている駅です。

これは若林区役所の最寄り駅であるということが大きな理由で、事実、他の4区も区役所の直近に何かしらの鉄道の駅が存在し、周辺一帯がその区の中で一番賑やかな場所であると言えると思います。

薬師堂駅の役割については、仙台市の公式サイトに以下のような内容が掲載されています。

まちづくりの目標とその実現に向けた施策

『古よりの歴史と多様な都市の機能がつながる、若林区の中心となる街の形成』

■ 陸奥国分寺跡や薬師堂を核とした歴史・文化の薫る地区の整備・誘導
■ 駅前地区と若林区役所周辺地区が一体となり新たな若林区の中心となる街の形成
■ 駅を中心とした便利で移動しやすい交通環境の形成
■ 多様な世代が安心して快適に暮らせる街の形成

引用元: 薬師堂駅 まちづくりの目標とその実現に向けた施策 (仙台市公式サイト)

このように、薬師堂駅は駅前周辺を中心に新しい中心街を形成するように期待がされていますが、まず今回は駅名にもなっている薬師堂について、歴史などを少しおさらいしてみます。

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薬師堂の歴史について

薬師堂1

仙台薬師堂は、日本の陸奥国分寺のなかでは最も北に位置する寺院です。

陸奥国分寺は西暦800年代半ばに当時の陸奥国の国分寺として建立されました。
873年頃に五大菩薩像が造られますが、934年には当時は珍しい存在だった七重塔が落雷による火災で失われてしまいました。

鎌倉時代には毘沙門天像や不動明王像、十二神将像という現在に残る像が造られています。
しかし、これらも1189年の奥州合戦による戦火で寺院の大部分が消失したと寺伝により伝えられています。

その後、散発的に殿堂や小厨子が造られることはあったものの、しばらくのあいだ陸奥国分寺は荒廃し、かつての繁栄を取り戻すことはありませんでした。

しかし、1607年に仙台を統治した伊達政宗によって陸奥国分寺が再建されます。
このとき、旧陸奥国分寺の講堂跡に現在まで続く薬師堂が建立されると同時に僧坊が集められ、寺院として再びよみがえることになりました。

再建された薬師堂は1903年に国指定の重要文化財となり、さらに1975年には宮城県の有形文化財にも指定されています。

この宮城県有形文化財には、旧陸奥国分寺の時代に造られた十二神将像が1959年、毘沙門天像と不動明王像が1975年に指定されているなど、地域の歴史と文化を紡ぐ重要な施設として認められています。

薬師堂の代表的な行事・祭事

さて、ここでは薬師堂で行われている行事・祭事をいくつか紹介します。

1月1日:「初詣・元朝大護摩祈祷」
管理人もほぼ毎年行く初詣。
事前に申込みをしておくと、本尊に最も近いところでお参りすることができます。

1月8日:「初薬師と縁日護摩祈祷」
本尊お薬師さまのご縁日。
家内安全や学業成就、五穀豊穣といったお願いごとのほかにも、旅行安全や夫婦円満といった身近なお願い事をすることも可能で、特に一年最初のご縁日である1月8日にはなおのこと大きな功徳が得られるとされています。

1月14日:「どんど祭」
どんと祭は仙台・宮城の風物詩。他の地域では正月飾りはどうする?の記事でも書いたどんと祭です。
前年の大晦日に訪れる歳の神のよりしろである門松やしめなわなどをお焚き上げするもので、このお焚き上げの炎に当たるとその年を健康に暮らせるといわれています。

4月の第3日曜日:「大般若転読祈祷会」
特徴的なのは、仙台のお土産として知られるようになったボンボコ槍、木ノ下駒、蘇民将来符を護符として扱い、旧領主の祖霊を慰め、仙台の安泰と発展を祈願します。

11月23日:「焼浄会」
金剛火天の浄化の力とご本尊薬師如来の大慈悲によりかたしろが供養されます。

なお、これら以外にも節分など様々な行事・祭事が執り行われます。

薬師堂や若林区役所が若林区の中心になる?

薬師堂2

最後になりますが、以下に冒頭に挙げた仙台市のまちづくりの目標のひとつひとつを確認していきます。
薬師堂駅の周辺一帯は、近隣に商業施設が建ち並ぶ他の4区とは違ったような中心地になることが予想されます。

>■ 陸奥国分寺跡や薬師堂を核とした歴史・文化の薫る地区の整備・誘導

歴史ある建物が多いのはその通りで、薬師堂の他に代表例を挙げると、この一帯には仙台の古墳は若林区に多い? 遠見塚古墳・猫塚古墳・方領塚古墳の特徴と歴史の記事で書いた古墳の数々や、伊達政宗の母を祭った保春院(ほしゅんいん)などの有名な神社が点在しています。

また薬師堂では、先に書いたような多くの祭事が行われるため、地下鉄東西線が開通後は行事(イベント)ごとに観光客が集まると予想されます。

これらのことからも古くからの歴史が長い街としての定義がまず一つあります。

>■ 駅前地区と若林区役所周辺地区が一体となり新たな若林区の中心となる街の形成

管理人の実家がある場所もこの近辺なので分かるのですが、周囲は下町とも呼べるような住宅に囲まれており、他区のように、商業施設やビルが立ち並ぶような土地はもはや残されてないため、現在計画されている荒井方面の商業施設や仙台駅方面に行った方が早いです。

ただし、先に挙げた薬師堂の行事やKスタ宮城、そして周辺には学校が点在し学生が多いという環境からも、駅周辺に人が集まってくるのは間違いないので、商業施設が出来ないのは少しもったいない気はします。

ミニ商業施設くらいは出来るかもしれませんが、もし出来たとしても大和町にあるようなパイナップルステーションくらいの規模かな…と。

>■ 駅を中心とした便利で移動しやすい交通環境の形成

中心地と目されている薬師堂駅と若林区役所の距離が離れているというのが一番の障害となります。(詳細: 仙台市地下鉄東西線開通後も、薬師堂と若林区役所へのアクセスは車がベスト?)

元々、駅は若林区役所の直近に作られるはずだったのですが、区役所と文化センターの間の七郷堀の影響で不可能だったらしいのでしょうがない話ではありますが。

個人的には、大和町の通りは自転車道が整備されており、仙台駅にも自転車で行ける距離にあることから、周辺の自転車用道路をもっと整備して欲しいという思いはあります。

>■ 多様な世代が安心して快適に暮らせる街の形成

荒井のように住宅地や商業施設をメインとしたニュータウンではなく、若林区役所や高校などを中心としてまさに多様な世代が集まってくるような街になることが予想されます。

賃貸などが増加することも考えられるので、商業施設が無理でも、駅前にはスーパーなどの整備が待たれる状況です。

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